「フラット」指名
エピローグ④「後悔」
私が周りを見渡すと、そこは先ほどとは違う、何もない空間だった。
そして、私の目と鼻の先にいるのは、紛れもなく私の娘、雪花だった。
私が殺しのたびに思い出すのは、首のない死体となった姿だ。
しかし、目の前にいる雪花の首は、繋がっていた。
そして、彼女は2つの瞳で、こちらをじっと見ているのである。
この非現実的な光景を前に、私は死んだんだ、と直感した。
「これからは、お父さんも一緒だよ。一人にさせてごめんな。」
私は、雪花に向かって声をかける。
すると、雪花は寂しそうに笑う。
「お父さん、こっちにはお母さんがいるから大丈夫だよ。
だから、もう少しだけ、こっちで待ってるね。」
気づくと、死んだはずの妻も、娘の横に立っていた。
私の娘は、妻に手を引かれて離れていく。
「何を言っているんだ。今、そっちへいくよ…」
私はそう声をかけるが、2人は振り返らなかった。
そして、ストンと、下に落ちる感覚がした。
気付いた時には、私はあの「大広間」で目を覚ました。
そこにいたのは、意外な男の姿であった。
そう、死んだはずの男ガレッドだ。
宝ヶ池と竹下は、私の方を見ている。
「やあやあ、歩由ちゃん。
僕の用意した「ゲーム」は楽しんでもらえたかな?」
精巧に出来た死体は、作り物だったということだろう。
主催の声は、おそらく変声機でも用いていたに違いない。
私は続けて彼に言う。
「私たちが無様に殺しあう姿でも見たかったんですか?
あなたは、良いパートナーだと思っていたのですが。」
私が皮肉げに言うと、ガレッドは含み笑いをした。
「酷いじゃん…歩由ちゃん。
もちろん、僕らは、いいパートナーだよ。
これは、僕が君たちのために用意した、最後の舞台さ。」
ガレッドは、私の方をじっと見て、そして言った。
「ねえ、歩由ちゃん。
死に場所を探してたんでしょ?」
私は、しばらく沈黙した。
そうだ、私は最後の記憶を思い出した。
私が、最後にガレッドに依頼したのは、「眠り姫」だった。
しかし、他人を殺すためではない、自ら命を絶つためだ。
宗教法人の崩壊とともに、私は生きる目的を失ってしまった。
目的のない殺人をするのは、どこか気にくわない。
だからこそ、私は自ら死を選ぶことを決めたのだった。
「偶然にも、同じように目的を失った殺し屋が集まってね。
そこで、最後に殺し屋として最高の舞台を用意したのさ。
僕は、木屋町ちゃんが勝つと思ってたけど、予想は裏切られるものだね。」
ガレッドは、大きく息をついて、思い出したようにいう。
「そういえば、君たちの出会いも運命みたいなものだろう。」
ガレッドは、私たちの方を見て、木屋町について話し出す。
木屋町ちゃんは、僕の元を最近訪れてね、
君たちのことを、とても探していたんだ。
木屋町ちゃんの前の姓は「宝ヶ池」。
確か、そこにいる奈津ちゃんと同じ家系だね。
「宝ヶ池家」に生まれた人間は「宝」を持って生まれる。
「宝ヶ池家」の彼が生まれ持っていたのは、「類稀なる判断力」。
その力を生かした彼は、新興宗教団体「赤の箒」では参謀として活躍し、
「九美霧村」における臓器売買により資金獲得に尽力した。
しかし、3人の殺し屋により、「赤の箒」は崩壊することとなる。
もちろん、君たちのことだよ。
奈津ちゃんが教祖を殺し、波瑠ちゃんが構成員を殺し、
最後に歩由ちゃんが残党を殺して回った。
もちろん、互いのことは何も知らない。知る機会すらなかったからさ。
そして、君たちは僕に最後の依頼をした。
3人の殺し屋が僕に最後に頼んだのは、
自殺のための「眠り姫」だった。
そんな中、僕は木屋町ちゃんに出会い、この舞台を提案した。
彼は組織を崩壊させた殺し屋を、血眼で探し回っていたからね。
そして、君たちにとっても、彼は最後の標的だった。
君たち3人は、今回の「ゲーム」でも、
知らず知らずのうちに協力していたみたいだけどさ。
それは運命というか、なんというか…
まあ、何より、今回は歩由ちゃんの負けだよ、残念だったね。
そう言って、ガレッドは手を叩いた。
木屋町は、私の標的であった。
知らず知らずのうちに、私は最後の標的を失ったのだった。
「悲しい顔をしているね、歩由ちゃん。ただ、朗報があるんだ。
木屋町ちゃんの周辺を調査しているときに、ある事実に行き着いた。
あの宗教法人の黒幕が、まだしっかり生きているということにね。」
「黒幕…?」
あの宗教法人は完全に潰したと思っていたが、
その裏に誰がいるというのだろう。
「それを教えるには、条件がある。
君たち3人にもう一つ「ゲーム」をしてもらう。
いわゆる「協力ゲーム」というのかな。」
ガレッドは、私と宝ヶ池と竹下の方を順々に見る。
私は、大きくため息をついた。
「私が「ゲーム」に敗北したというのに、生きているということは、
これは、私たちにこれを依頼するための茶番だったということですか?」
私はガレッドを責め立てるが、
ガレッドは考え込むようにいった。
「いやあ…それがさ…偶然にもラベルが入れ替えられていてね。
本当に君たちに盛るつもりだったのは、
君たちが僕に最後に依頼したものだったんだけど…」
ガレッドは、「眠り姫」の小瓶を手に取る。
よく見ればラベルがずれている。手先の器用な竹下によるものだろう。
つまり、私の腕輪から注入されたのは、
「眠り姫」ではなく、入れ替えられた「テイパー」ということになる。
ガレッドは、私の方を見て悪戯げに笑う。
彼はこのフロアを、監視していたに違いない。
抜け目のないこの男が、本当にそんな単純なミスをするだろうか。
全く、本当に、つかみ所のない男だ。
私は、強く、目を瞑った。
娘のところに行くのは、まだ先で良さそうだ。
この世界は歪んでいる、もう少しだけフラットにする必要がありそうだ。
私はしばらく考え、口を開く。
「その案件、受けることにします。」
すると、宝ヶ池は私の言葉に同調するように賛成し、
竹下もそれに続くのだった。
3人の殺し屋の復讐劇はどうなるのだろうか。
それは、また別の話で語られることになるだろう…
おわり
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