はじめに

「滑稽」とは、お笑い芸人であるAマッソさんの公演です。公式ページには舞台公演ともお笑いライブとも書いてなかったので、あくまで「公演」と書いていこうと思います。当公演を語る上では、ネタバレすることは避けられませんので、ネタバレ有とした上で正直な気持ちを書き記していきたいと思います。そのためこれから観ようと考えているという方は、どうかブラウザバックをお願いできればと思います。どちらかというと通過者を対象としているため、ストーリーを知っている前提で記述していこうと思います。

感想を語る上では筆者がこの公演に出会うまでの経緯について簡潔に記述した方が話が伝わりやすいかと思うのでそこから記述し、個々の論点について感じたことを正直にまとめていきます。


「滑稽」については以下のURLから

https://www.tv-tokyo.co.jp/event/2023/026858.html





Aマッソ滑稽と出会うまで


実は、筆者が芸人の方々が舞台上に立つような公演に行ったのは今回の舞台が初めてでした。順番としては、配信を見てから実際に公演に足を運んだことになります。配信を見る大きな後押しとなった要素は、企画・演出の大森時生さんと構成に携わった梨さんに強い関心を持っていたためです。大森さんは「このテープ持ってないですか?」というテレビ番組を制作されており、梨さんはオモコロに投稿された記事や「かわいそ笑」という本を通じてファンになりました。語る順番は前後してしまいますが、当公演「滑稽」をプラス方面に評価した方々は上記の作品も好みだと思いますので、それぞれ視聴・閲覧いただければと思います。

つまり筆者がAマッソ「滑稽」を配信で視聴及び公演を生で体験した際には、普通のお笑いライブという認識ではなくこれら二人の作家さんの作品を通じて「一定の覚悟」をしてきたことになります。「一定の覚悟」というのは、何か衝撃的なことが起こるのだろうという構えです。この「覚悟」については、私がこの公演全体を考える評価にもつながるので、あえて記述させていただきました。





Aマッソ滑稽の評価

筆者の評価

まずは端的に評価を言いますが、筆者はとても楽しめました。二度観に行ったことからも、そのことは伝わっているかと思います。ただ賛否両論があるという状況に関しては、私は強く納得しています。この作品を楽しめたと言いましたが、視聴後の感覚は全く清々しいものではありませんでした。悪夢を見た後のような、親しい友人と喧嘩した帰り道のような、そんな不快な気分です。それがなぜ楽しいと思えたのかは、この公演の持つメッセージ性や演出に依拠しています。ただ単純に笑える公演ではなく、何が行われていたのかを考える面白さがこの公演を楽しむ事に繋がると考えられます。



筆者が思う批判的な評価

正直な話、この公演を先に記述したように「一定の覚悟」無しで見た場合、悪い意味で記憶に残る可能性があるのではないかと思っています。もちろんティザー映像や奇抜なメインビジュアルなどで一定のテーマ性を強調しており、普通のお笑いライブではないことが何となく伝わるかと思います。しかし、ただ単純なお笑いライブを期待して見に行った場合、グロ描写・ホラー要素・異常なコントなど、期待していたものと提供されたものが異なることに純粋な不快感のみが残る可能性があります。もちろん全ての方がそうというわけではなく、ただのお笑いライブだと思って観たからこそ、先入観なく楽しむことができたという方もいらっしゃいます。この公演は意図的に不快感を味わいやすくするためのあらゆる方策がなされているため、この公演をただの毒薬のように感じる人もいるのではないかと考えています。



「笑う」という行為への再認識


このストーリー全体で行われているのは、「笑い」というものへの着目です。この公演をお笑いライブとして捉えた際に笑うことは当たり前の行為であり、そこにストレスはありません。周りに合わせて笑えば、安心だし、心地よいし、自分の笑いは周囲の笑いにかき消され、一体感も生まれます。しかしこの公演では、しばしば「これ、本当に笑っていいのか?」という状況が現れます。宗教団体を描いた映像内ではもちろんですが、それはコントの中にも侵食していきます。すると、笑っていいタイミングが次第に分からなくなっていきます。私は配信と舞台の両方で見ましたが、実際の生の舞台の方がこの性質を強く感じました。集団がいる場では、感情を出す際に「笑っていい状況を定め、周囲に合わせて笑っている」のだと再認識させられました。

これは構成のなせる技でもあると思い、観客は「コント部分=笑っていい部分」「映像=笑ってはいけない部分」という認識して進んでいくのですが、これが中盤部分から大きく変化することでこの認識が崩れ、一層不安感が高まっていきます。特に後半、映像内の市子様を村上さんが演じる狂気じみたコント、教育ママ。明らかに笑わせようとする様々なお笑い芸人の一発ギャグの引用と、弟が死んだことを何度も表面に出す狂気。このコント中は、観客席の空気が重くなっているのを強く感じました。



公演への没入感

配信ではなく実際にその場に行かないと分からない演出ですが、この公演の会場では「微笑みマスク」と呼ばれるものが配布され、マスクの上に着用することを推奨されます。映像内の宗教団体のメンバーもそれを着用していました。また、会場に入る際に謎のセンサーをかざされましたが、それも映像内で明らかになります。いずれもコロナ対策のために行われたのかと思わせておきながら、会場内のお客さんに儀式に「参加」してもらうための行為としてなされたと考えると、一種の没入型の体験のように感じました。おそらくですが、教団の参加者と思われる人物が客席に座り、異常な場面で笑い声を放っていたかと思います。最後の市子様の登場も踏まえて、不快な状況に没入させるような工夫が張り巡らせてあると感じました。




映像の気味の悪さ

これは公演としてというよりはホラー要素としての評価かもしれません。普段ホラー作家をされている梨さんが関わっていることから、映像の気味の悪さが際立っていたと感じました。筆者は宗教団体の人間が、市子さんの亡くなった弟の写真に折り目をつけて無理やり笑顔をさせるところが究めて気味が悪く感じました。1万円札などを折ることで福沢諭吉を笑わせたことはあるかと思いますが、それを死者の写真で行うことでこれほどゾッとさせられるとは思いませんでした。他にも夢の中でコオロギの顔に移り変わるシーンや死んだ信者の顔を写真にして顔にくくりつける描写など、どれも悪寒が走るような映像でした。目を背けたくなるようなグロ描写も、観客席の空気を冷やしに冷やしていたかと思います。




全体を通じての感想


「この公演は何も事前情報がない方が楽しめるのか? 」という問いを何度も自分自身にしましたが、今だに答えが出ません。舞台の公演を生で見に行った際、私は目の前の席に座っている方が最初は純粋に笑っていて、それから次第に笑いが減り、最後は俯く姿が目に入ってしまいました。この人はどういう気持ちでこの公演を訪れ、どういう気持ちで帰っていったのだろう。今でも、その方の後ろ姿が思い出されてしまいます。

では、筆者は「この公演を誰かに勧めたいと思うのか? 」この質問に関しても、正直に言って画一的な答えは出せません。作品を多方面から考察したりするのを好む方や奇抜な公演を好のむ方などには笑顔で勧めると思いますし、ホラーやグロ描写に強い忌避感を持っている方には理由は伝えないまま強く止めると思います。ただ、純粋にお笑いを楽しみたい方々に勧めるかどうかには、私は迷いが生じてしまいます。この公演はそのような方々にどう映るのか、その視点で考えることができず、そこには正解は見出せないからです。純粋にお笑いを楽しみたい方だからこそこの公演が特別な体験として心に刺さるのか、それともただただ不快な体験として刻まれるのか、二度観た後でもこの答えは出ません。

また、筆者がTwitter上の感想を見る中では、あまりネガティブな感想を目にすることはありませんでした。しかし個人的に、水面下に隠れているだけで否定的な感想を持つ人は多くいるのではないかと思います。私はこのように否定的な感情を出しにくいことについて、ある仮説があります。それは周りの方々がこの「滑稽」に対して肯定的な意見を呟いている状況下で、自分だけが否定的な意見を出しにくいという感情が芽生えているのではないかという点です。この仮説が正しいとすれば、図らずしも結果として「周囲を見ながら自分の感情を同調させている」という点で「滑稽」の一つのテーマとも重なっていくように思えました。笑っていいかどうか褒めていいかどうかを自分の意思ではなく、周りの顔色を見るように、全体の空気感を見つつ書き込んでいる可能性があるということです。このTwitter上の感想については、筆者のただの思い込みに過ぎず、ただ多くの方がこの「滑稽」というコンテンツを純粋に楽しんでいるからこその結果に過ぎないという可能性もあるので、蛇足程度に聞いていただければと思います。

かなり批判的な側面を出してしまいましたが、繰り返して言いますが筆者はこの公演を非常に楽しんでおります。テーマ性や演出は非常に素晴らしく、実際の公演に足を運んで正解だったと思えています。いい意味で不快感を噛み砕いて咀嚼しやすくした上で飲まされるような体験、いい意味で整わないサウナのような体験。この公演は他にはないような体験ができると思います。そしてこの公演が世に出ているということ自体が、エンターテイメントの可能性を広げていると感じています。何より「笑い」という事象に目を向け、考えさせられる良い体験ができました。本当に素晴らしい体験を、ありがとうございました。あはははははは。

Categories: daily

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