はじめに
こんにちは、いとはきです。
マーダーミステリーの制作者としては四年目の活動となり、代表作としては「エイダ」「ブルーホールミステリー」「タミステ」「日陰草の住む屋敷」等が挙げられます。執筆を続けていられるのは、私を支えてくださる多くの方々のおかげです。この場を借りて、心から感謝を申し上げます。
今回の記事は作者としての経験も長くなってきたことで、私が自身の経験から培った知識を共有し、それを少しでも還元できればという思いから執筆しております。有償でのテキスト販売や講座も検討しましたが、その場合にはもう少し各論点を精査してからの方が良いと考え、今回は一部を抜粋して無償で公開する判断を取りました。そのため、多少文章が雑多になってしまっている点があることをご理解ください。
マーダーミステリーを作るための教本はいくつか販売されておりますので、ここでは、どちらかというと制作を行う上で重要となった考え方と陥りがちな失敗とその打開策、より作品を楽しんでもらえるような思考法を記したいと考えています。
今回の論点は2024年3月に私が主催で行う大阪京橋でのインターンシップの中から一部を抜粋したものとなります。もし私が主催するインターンシップにご興味がある方は、以下のリンクより、応募をお願いいたします。
注意書き
この記事は一般的な創作論を論じることを目的としたものではなく、執筆者であるいとはきの個人的主観により記されるものです。他の作家様の思考法や創作論を否定するものではないことをご承知ください。
また、これから生まれる新しい作家様への要求を示す記事でもございません。あくまで自分の失敗を共有し、かつ、役立っている考え方を列挙しております。参考になる部分は参考にしていただき、考え方や信念が異なると考える場合には無視していただければと思います。
最後に、当記事は2024年1月時点の私が、作者として試行錯誤した上で導いた文章となっております。そのため自身の過去の作品の中には、この記事に書かれた項目が反映されていないものもあるかもしれません。また、私自身が努力したいという目標や陥りがちな失敗を共有するものであるため、私の作品と照らし合わせるというよりは、この記事を単体で評価していただければと思います。
1. 自分の作品を届けたいプレイヤーを見失わないこと
全ての人に愛されるマーダーミステリーが存在するかどうかはわかりませんが、私の人生の中でそのようなものと出会えるかは難しいと考えています。好みは人それぞれ異なり、感情を揺り動かされるような物語体験を求める方がいれば、純粋で深い推理体験を求める方もいます。どちらが正しいマーダーミステリーの在り方であるというものもございませんが、少なくともプレイヤーが求めているものは一つではないと考えた方が良いと思います。
このような状況下では、制作を開始する前に自分の作品を届けたいプレイヤーを具体的にイメージすることが重要となります。例えば自分の友人達が楽しんでくれることを目的とするなら、届けたいプレイヤーのイメージは友人となります。また推理小説を読んでいるような深い推理体験を楽しんでもらいたいと考えるのであれば、イメージは推理小説を好むプレイヤーとしても良いでしょう。
自分が届けたいプレイヤーをイメージする必要性の理由を明確に述べると、制作中に意思決定を行う中で、一つの大きな指標となると考えているためです。基本的に、制作が滞りなく完成することはないと考えています。制作中に作品の着地点が見えなくなることや、テストプレイを経て自分が思っていたような展開になっていないこともあるかもしれません。私自身も全ての作品でこのような壁にぶつかることがあり、特に最初の頃は対処方法が分からず、精神的に追い詰められていました。
その際に大事なのは、自分の当初の目的である楽しんでくれるプレイヤーをイメージを思い出すこととなります。現在の作品がそこから遠ざかっているか近づいているのかは、現状やテストプレイを通じて把握できるはずです。その際に当初のイメージを灯台の光のように用いて、判断の一つとして役立てることができます。完成した作品と当初のギャップを感じる際には、このイメージがぼやけていることから起きることが一つの原因とります。自分が届けたいプレイヤーをイメージし、今の自分の作品がそこからどの程度離れているのかを常に考えるづけること。私自身も今でも続けている考え方であり、非常に有用だと思いますので共有させていただきました。
2. サンクコスト効果に囚われないこと
聞き馴染みのない方もいるかと思われますが、サンクコストとは埋没費用とも呼ばれるもので、経営学等で用いられる概念です。基本的には金額に関わることで用いられ、既に資金を投下してしまい、事業から撤退しても返ってこない金額のことを指します。よく分からないという方は、ある程度の理解で大丈夫です。
このサンクコストは、事業において不合理な意思決定を及ぼし、その効果はサンクコスト効果と呼ばれています。例えば、もうこれ以上続けたとしても損しかしないのに、なぜかその事業を続けてしまう。撤退した方が損失は少なく済むのに、その判断をしないと言ったことが挙げられます。この意思決定は、既にかけてしまったお金に囚われてしまい、撤退することでそのお金が無駄になってしまうことを避けたいという意思から発生します。このサンクコスト効果は金額ではなく、かけた時間という面でも成立します。これだけ時間をかけたプロジェクトだから、続けなければならない。撤退したら無駄になってしまう。しかし、続けることで損失はさらにかさんでいく。そのような例は無数に存在しているようです。
長々と説明しましたが、これはマーダーミステリーにおいて、時間という面で成立するように思えます。例えば、制作した物語、推理構成、ギミックなどに長時間をかけた場合、何か違和感があったり余剰だと思えたりしても、そのまま続行の判断を取る可能性があります。厄介なのは、その状況に陥った際に自分がその状況にあると気づけないことが多くあることです。テストプレイなどを経て、何か違和感に気付いたとしても、時間配分や文章の不足だと決めつけ、大きな変更を避けるような慣性が働きます。このようなサンクコスト効果は、正しい判断を鈍らせてしまうことがあります。
このような事態を回避するためには、これからかかる修正時間やかけた労力をイメージせず、問題となる箇所を冷静に抜き出すことが挙げられます。例えば、登場人物のうちシナリオに対して大きな関与がなく明らかに満足度が低い人物がいるのであればその人物のハンドアウト自体を削除することを検討すること。推理の導線が破綻しており修正ができないと判断した場合には、小さな修正を繰り返すよりも根本を作り変えたりすることを検討することが挙げられます。ここで重要なのは、選択肢として用意することです。
大きな改変に関しては時間もかかりますし、必要がなければ取るべきではないと考えています。しかし重要なのはその改変を選択することではなく、選択肢として抜き出せるように努力することです。最終的にその選択肢を取らないことや、その選択肢以外の方法を取ることも問題ありません。ただ意識をしなければそのまま通過してしまうため、サンクコスト効果に流されることを防ぎ、取るべき判断を見誤らないことが重要だと感じています。
3. 意味のないストレスは排除すること
マーダーミステリーを楽しむ上で、過度にストレスがかかってしまう場合、精神的に疲労した状態につながります。人にもよりますが、疲労した状態ではどれだけ綺麗な推理導線でも、どれだけ感動的な物語でも、どれだけ衝撃的なギミックでも、心に残らない可能性があります。脳が休息を求めている状態では正しい評価ができず、脳が不快にある状態で体験することは作品自体へのネガティブな評価にも繋がります。
過度にストレスがかかる状況というのは、情報が過大な量であること、情報が過度に難解であること、受動性が高い状況が長く続くこと、何もできない無駄な時間を体験することなどが挙げられます。そのためあらゆる要素を詰め込みすぎた結果、プレイヤーに過度な疲労を与えてしまうような状況に陥ることがあります。制作を続ける中で、要素が継ぎ足されていくでしょう。しかし、要素が過剰になることで、本来最も楽しんで欲しい要素が疲労で見失われてしまうことは避けなければなりません。
ストレスというのは、時には良い方向に働きます。例えば、推理時間の終了が迫ってくることはストレスになりますが、良い緊張感を生みます。ミッションにより話したいことが制限されることはストレスになりますが、対立と協調などの関係性が促進されゲーム性を生み出すことにつながります。
これに対して、悪い方向にしか働かないものもあります。ルールが整備されておらず、不必要なほどに煩雑であること。ハンドアウト中に難解すぎる語彙が使用されており、自分自身で意味を調べなければならないこと。読み合わせ中に読みの難しい語句にルビが振られておらず、読み間違えること。何か意味のあるストレスであれば精査すべきですが、もしそうでなければ削除すべきだと思われます。
このようなストレスの管理は、プレイヤーが本来楽しむことができる体験を最大化するために重要な概念の一つであると考えられます。
4. どれだけ辛くても、作品と向き合うこと
制作を行う上で、精神的に追い詰められることがあります。推理導線を詰めていく最終段階で推理要素自体が楽しさに繋がっていないことに気付いたり、テストプレイで自分の予想に反する動きが起こりゲームが成立しないことを直視せざるを得ない状態に陥ったりすることで、筆を置きそうになるような経験は多くの作者が体験することかと思います。私も、今までリリースしてきた作品の全てでこのような壁にぶつかっています。
私が作家を始めてから二年ほどの時までは、壁にぶつかった場合、筆を置き自分の作品から完全に離れ他のマダミス作品や映画・漫画・小説等に触れるようにしていました。しかし、常に自分の作りかけのマダミスが頭をよぎり、不安が胸を満たしていました。少し引用をするのですが、東大受験を目指す漫画である、ドラゴン桜における名言の一つに、「勉強の不安は気晴らしをしても解決できず、勉強でしか解決できない」というものがありました。勉強から離れてリラックスしても、結局根本的な解決にはなっていないことから、不安は残ったままになってしまうことを指しています。これと同様に、自作品に対する不安はどれだけ他のコンテンツで気晴らししようと思っても拭えないのではないかと個人的には考えています。
作者によってこの窮地から脱出するための解決策は異なると思いますが、ここでは、私自身の方法を記述します。それは、可能な限り、自分の思考をしっかりと文字に起こすことです。ネガティブなイメージを一度自作品に対して持ってしまった場合、そのイメージは反響し、さらに自分自身を追い詰めることに繋がります。言いようのない不安に襲われ、リリースに恐怖し、今まで面白かったものが崩れ落ちる絶望が突き抜けます。この状態では、冷静な判断などできるはずもありません。
ここで、Wordでも手書きのメモでも手段は問わないので、不安に思う事項と解決策を文字化することが重要です。意図としては、不安を客観視することができることが挙げられます。恐怖しているのは、この作品の着地点が分からないからです。何が問題なのか、どうしたら良くなるのか、どこをゴールにするのか。それを文字に起こすだけでも、不明瞭だった問題が、解決可能な枠へと割り振られるようになります。自分の作品から距離を置くのではなく、向き合うことが重要だと考えています。
5. 力を入れたい要素を明確化すること
この項目はどちらかというと、多くの人から評価されるマーダーミステリーを作ることを目指す際に、いとはきが考えていることについての項目になります。限られた範囲の方々に向けてマーダーミステリーを作る方や、そもそも売り上げや評価を気にしていない方は読み飛ばしていただければと思います。
はじめに、前提を共有してから本論を示したいと考えています。まず、マーダーミステリーについて、私は大きく物語性・推理性・ゲーム性の三つの要素に分けられると考えています。物語性とは、舞台設定や登場人物の背景、エンディング等。推理性とは、トリックや推理動線、証拠品の分布等。ゲーム性とは、ミッションによる駆け引き、独自のギミック等です。これらの要素が、そもそも不可分なのではないかという反論もあるかもしれませんが、ここではこの前提のもとで進めさせてください。
多くの人から評価を受けるマーダーミステリーはどのようなものかと問えば、三つの要素が全て高評価である作品を想像するかもしれません。しかしこういった作品は、全体の1%にも満たないかと考えています。もちろんこのように、全部の要素を高めることを目指すのは挑戦としては素敵かもしれませんが、どの要素も平均を下回るような結果にもなる可能性を考えなければなりません。
私が制作において重要だと考えることは、大きく二つあります。一つは、力を入れたい要素を他の作者にはないような高品質のものとすること。二つ目は、それ以外の要素を、少なくとも不満足にならないレベルまで押し上げることです。
前者に関しては、イメージしやすいかと思います。2024年現在、マーダーミステリーの作品はおそらく1000を超えています。この中で、他の作品にはない優れた要素がなければ、多くの作品の一つとして消化されてしまう可能性があります。そのため、他にはない高品質の要素を含んでいる必要があります。
後者に関しては、ある意味では前者よりも重要な概念です。残りの要素について、プレイヤーが許容することができるレベルに達していなければ、どれだけ一つの要素において優れていても人に勧めにくい作品となってしまいます。どれだけ良い要素を持っている作品でも、許容できないような負の要素を持っていた場合、楽しめないことがあるかと思います。つまり、自分が力を入れていない要素についても、不満足を与えないような一定の品質を保つことが必要だと考えています。
誤解のないように言っておくと、力を入れる要素以外の部分について、手を抜いていいと言うことを述べているわけではありません。あくまでこの話は、優先づけの話となっています。プレイヤーは作品に対して敏感であるため、手を抜いた箇所については察知するであろうと考えています。平均点を取ろうとしても平均点を取れるはずはないため、特に力を入れる要素以外の部分に関しても努力するべきだと考えられます。結果として平均点に落ち着くとしても仕方がありませんし、高得点になったのならばより良い作品になるはずです。
要するに、全ての項目を重視しようとした結果、全てが平均を下回ることでプレイヤーが不満足となる作品になること。あるいは、一つの項目は優れているが他の項目で極めて平均を下回っていることでプレイヤーが不満足となる作品になること。以上の二つを避けることが重要だと考えられます。
おわりに
当記事では、五つの注意を挙げてきましたが、これらは思いついた三十ほどの論点から個人的に優先度が高いと思われるものを抜き出したものになります。全ての要素を散りばめた網羅的な記事を作ることを目的としたわけではなく、各論点について認知をしてもらいたいという目的で構成を行いました。注意書きにも書いたように、私自身の主観も多く含んだ記事ですので、あくまで一人の作者の思考だと思って参考にしていただければと思います。
繰り返しとなりますが、三月にはより細かい論点について学ぶことができるインターンシップを開催しますので、もしご興味がある方はご応募いただけますと幸いです。