*当記事は、私の経験談をもとに作成したホラー短編となっています。




私の経験談について、少し創作を交えてお話しさせていただきたいと思います。

元バイト先の情報を隠すための措置も兼ねておりますので、

ご配慮をいただければと思います。


私は大学生の時、埼玉でとある河川整備事業の宿直のアルバイトをしていました。

この地域に流れる大きな川を管理し、事務所は山林付近に位置しています。

周りに住宅はほとんどなく、舗装されていない道が多く残っています。


主な仕事は、電話番と大雨注意報が発令された場合の職員の招集。

大雨が降ると近くの河川が溢れてしまうことから、

職員を招集する必要があるのですが、年に20日もありません。


つまり電話番をするということだけが主な仕事ということになります。

平日の夜の19時から朝の9時まで働いて、日給1万円ちょっと。

休日は朝から夜まで入って、日給1万3千円ほどだったでしょうか。


大学生の私にとって、これほど割のいいバイトはありませんでした。

特にこのバイトの良い点は、宿直の間は自由に過ごして良いこと。

漫画を読んでも、テレビを見ても、

ゲームをしていてもとがめられることはありません。

事実、私は大学の課題や自分の趣味に時間を費やしていました。


そんな中、最も厄介なのはクレームの電話です。

バーベキューをしているやつを注意しろとか、工事の音がうるさいとか。

職員ではない私なので対処はできませんが、愚痴だけはひたすらに聞かされました。


そんな中、私が大学4年生のゴールデンウィーク中、

4日連続で宿直の仕事がありました。

その時のある電話について話していきたいと思います。


私はその日、大学のレポート課題をしており、気づけば深夜2時頃になっていました。

親には電気を欠かさず消すように言われた私は、電気を消して眠りにつきました。


しかし、しばらくして私は電話の音で目を覚ましました。

時計を見ると深夜の3時頃だったでしょうか。

受話器を取ると、独特なノイズのようなものが聞こえます。

そして、こちらが名乗ろうとすると、

差し込むようにある男の高い声が聞こえました。




「おはようございます、げんきですか」




どこかその声はたどたどしく、外国の方かなと思いました。

元気ですか、と聞かれても、

正直に言えば、深夜3時に叩き起こされて元気なわけはありません。




「おはようございます。こちらは、○○河川管理事務所のK(本名)です」




私は淡々と業務用の声のトーンで返しました。

すると、向こうから数人の笑い声が聞こえました。




「おなまえは、なんですか?」




私は名乗ったにも関わらず、再び彼から名前を尋ねられました。

彼の声はやはりたどたどしく、

電話の向こうからはノイズのような音が聞こえます。

私の声が聞き取れなかったのかと思い、もう一度繰り返しました。




「宿直のKと申します」




私がそう答えると、再び笑い声がしました。

ああ、迷惑電話だなと思いました。

以前も同じような電話があり、その際は私の反応を見て楽しんでいるようでした。

以前は休日の昼間でしたが、

深夜にかかってくると迷惑度は段違いだと思いました。




「何かご用でしょうか?」




私が少し怒気を含みながら言うと、

電話の向こう側は、いきなり場が冷えたように沈黙しました。

受話器の向こうからはノイズのような音だけが走ります。




「あ、もういいです」




声の主は、そう言って受話器を切りました。

私は内心ムカつきを覚えつつも、再び眠りにつき、

それから電話はかかってきませんでした。




この電話が一本だけであればただの迷惑電話なのですが、

お察しの通り、翌日以降もこの声の主からの電話が続きます。




次の日の就寝は確か21時頃、私は電話の音で目を覚まし電気をつけました。

時計を見ると21時半。深夜というには、やや早い時間でした。

受話器を取り名乗ろうとすると、昨晩と同じようなノイズが聞こえました。




「おはようございます、げんきですか」




全く同じ人物の声だとすぐに気づきました。




「宿直のKです。何かご用でしょうか?」




そう答えると、電話の向こう側で笑い声が起きました。

前日は気づかなかったのですが、彼らの声は子供のようでした。

それも中学生のようではなく、小学校低学年のような声質です。




公園ではしゃぐような無邪気な声で、私の反応を聞いてはしゃいでいるのです。

そしておそらく、この声の主も同じくらいの歳だと思いました。




「ねぇ、Kだって、あーくん(聞き取れなかったがおそらく人の名前)しってる?」




そして、そのまま電話は切られました。

このような電話は翌々日も起こり、正直気持ちが悪いなと思っていました。

私が気持ちよく寝ていると、電話の音で目が覚めるのです。

話の流れはほとんど同じで、

私が名前を名乗ると電話は切られるようになりました。




その声の主が大人ではなく子供の声質であることも、不気味でした。

こんな深夜に、子供同士複数人で集まって迷惑電話をする。

その行為自体がどこか異常だと感じたのです。




そのこともあり、宿直の最終日である4日目は徹夜をすることにしました。

ホラー小説では最終日には何かが起こることが定番ですが、

朝まで何も起こることはありませんでした。




そして、朝7時頃、電話がかかってきました。

受話器を取ると、あのいつものノイズが聞こえてきますが、

差し込むようなあの声はありませんでした。




「こちらは、○○河川管理事務所のK(本名)です」




そう私が名乗りをあげると、

受話器の向こうからよく聞いた笑い声が聞こえます。




「おはようございます、げんきですか」




警戒してはいましたが、やはりあの声でした。

正直、朝だということもあり、

いつもより気味の悪さは下がっていました。




「何かご用でしょうか」




ここ3日はこう告げると無言で電話を切られるので、

私は受話器を元に戻す準備をしていました。




「きょうは、ずっとおきてたんですね」




「え?」




向こうで、今までとは段違いの笑い声が聞こえます。

友達をドッキリで驚かせた時のような、

そんな人を馬鹿にする声だと思いました。




「どういうことですか?」




私はそう思ったままの言葉を口に出しました。




「でんきがついてたので」




それから、笑い声がする中、電話は切れました。

私の頭は真っ白になりました。




情報を整理する中で、私は思い出しました。

あの受話器の向こう側のノイズは、間違いなく水の音でした。




それも上流の川の流れのような、激しい音。

この近くで川といえば、この事務所が管理するこの川しかありません。




あのノイズほど激しい川の音は、

街灯のない山林部まで入らなければならないでしょう。




つまり、彼らはこの事務所の近くにいたことになります。




それから、なぜ彼らが私がずっと起きていたことを知っていたかを考えました。

私は眠るときは決まって電気を消す習慣がありました。

外からでも障子を通じて電気は漏れるので、恐らく確認は可能です。




つまり彼らは私の部屋の電気が消えたのを確認してから、電話をかけてきたのでしょう。

よく考えれば、私が寝てから決まって1時間以内に電話はかかってきていました。

なぜ彼らが、私のバイト先の事務所の電気を見ていたのかもわかりません。

本当にただの迷惑電話なのかもしれないのですが、だとしても気持ちが悪いのです。




子供達が深夜に何もない川に集まり、私をからかうためだけに電話をしたのでしょうか。

それも明かりが消えなければ、一晩中、待ち続けるようなことをして。




「おはようございます、げんきですか」




なんか、あの純朴そうな子供のような声が耳に張り付いていました。

もう、だめだ。




どれもこれもが本当に気持ちが悪くなって、

私はしばらくして退職届を出しました。

私の後任者にこのことを尋ねてみましたが、

そのような電話は一度もなかったそうです。




そのことが、私にとってはより一層気持ち悪くて、忘れられない出来事になりました。




幽霊とか、そういうものではないと思うのですが。

あれから、固定電話の音が怖いです。

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