シナリオテーマ「私の正義」





広場から「正面階段」を上った高台は、
村長のロージュ様、彼の息子であるレイド様、そして私の3人の居住区である。
周りは高い木々に囲まれ、陽の光がほとんど差し込まない。
しかし、私の家の開きだけは、木々の隙間からわずかな木漏れ日が注ぐ。
私は、いつもこの場所で本を読んでいた。



私はハレル村の出身ではない。
孤児院で暮らす私は、村長であるロージュ様によって迎えられた。
彼の息子であるレイド様は、私のことを気に入ってはいない。
外部の人間に政治など任せられるかと、事あるごとに私の行動を否定する。
彼はまるで、私の存在自体を憎んでいるかのようだった



この屋敷のある高台は、広場や住宅街とは距離がある。
私は用がなければこの高台から出ることはない。
そのため、他の村の住民と話すことはほとんどなかった。
私は、いつも心のどこかに孤独を感じていた。



ある時、この木漏れ日の差し込む空間にディーダ という少女が現れた。
彼女は、この場所を「秘密の場所」と呼んだ。



これは、10年前のある日の記憶である。
日付までは明瞭に覚えてはいないが、
少なくとも、前回の「おにさがし 」より以前というのは定かだろう。


「エリザ。
 私、おねえちゃんが欲しかったの。」



私は、呆れた顔をするが、
ディーダ は、あどけない表情で続ける。



「私は一人っ子だから話し相手もいないし、
 引っ込み思案だから友達も少ないんだ。
 だから、エリザがおねえちゃんだったらなあ、って思ったんだ。」



とても愛らしい表情で、ディーダ はそう言った。
純情な感情が滲み出る、淀みのない目である。
私は、無表情を崩すことなく、ディーダ の言葉に返す。



「それなら、私には不釣り合いだ。
 お前も、他の村人から噂は聞いているだろう?
 私の心は、冷え切っているんだ。」



村人たちは陰で言っている。
私には心がないと。機械のようだとも言われた。



「ううん、お父さんとお母さんが言ってたの。
 きっと、エリザは優しい子だって。」



そんなことを言われたのは、初めてだった。
なぜか、私の心が大きく揺れるのを感じた。
ディーダ は、私を真っ直ぐに見つめて再び口を開く。





「だからね、エリザにおねえちゃんになって欲しいんだ。」



ディーダはこちらに手を差し出した。
私は、迷いながらも応える。



「ディーダ 、お前の「おねえちゃん」にはなれないかもしれないが、
 こうやって、ここで会って話すことはできる。
 だから、明日もまた会いにきてくれるか?」



私は、目の前に差し出されたディーダ の手を握りしめた。
とても小さくて、そして温かい手だった。



「うん、もちろん!
 また、この「秘密の場所」で会おうね。」



ディーダ は微笑んだ。
私は、それに微笑み返した。




ああ、私にも感情というものがあるんだ、と感じた。
私たちは、陽のあたる小さな空間で穏やかな時間を過ごした。




本当に、私の人生の中で、最も幸せな時間だったかもしれない。
しかし、孤独な私を「おねえちゃん」と呼んでくれたディーダとは、
あの日から、話してはいない。



彼女は、私のことを恨んでいるだろう。そう、殺したいほどに。
なぜなら、私はディーダ の両親を「殺してしまった」のだから。



これは、10年前のことだ。
ハレル村の独立の象徴とされている「自由の宝玉」が窃盗されたと
レイド様に伝えられる。



私は、ロージュ様とレイド様の指導のもと様々な場所を探したが、
結果として、「自由の宝玉」は見つかることはなかった。
そこで、この事件を解決するために、「おにさがし」が行われることとなった。


「おにさがし」とは、村人同士で議論し事件の犯人を決定する決めごとだ。
「おにさがし」での決定は真実としてみなされ、決定は覆ることはない。



ロージュ様から聞いた話ではあるが、
この「おにさがし」の成立の契機は30年前に遡る。



ロージュ様の奥様であった、イメルダ様の殺人事件である。
容疑者となったのは、前村長であった。
しかし、当時のハレル村では、裁判制度のようなものはなかった。



そこで、イメルダ様の遺言にあった記述をもとに、
「おにさがし」の制度が導入されたのだった。



私はレイド様から「おにさがし」の決まりが正義だと教えられてきた。
だからこそ、ただひたすらに、それを遵守し続けてきた。



私は、今回の「おにさがし」の参加者の名簿を見て言葉を失う。
すると、ディーダ の両親であるジャックとジェニスの名前があったのだ。
彼らは「自由の宝玉」の管理をしていたことから容疑者となったようだ。



「おにさがし」の当日、ディーダ が私の元を訪れた。



「ねえ、おねえちゃん。
 私のお父さんとお母さんがお出かけしたまま帰ってこないの。」



その声は、不安と悲しみでいっぱいだった。




「大丈夫だ、ディーダ。
 きっと、夜には帰ってくるはずだ。」



私は、ディーダ にそう言い聞かせた。
そして、それは自分に言い聞かせるものでもあった。



「自由の宝玉」の窃盗は、死罪に当たる重罪だ。
もし、犯人として指名されればディーダ の両親は処刑されることとなる。




そうなれば、彼女は孤独になってしまう。
そう、私と同じように。



「そうかあ、そうだよね。」



ディーダ は、私に微笑んだ。
そして、そのままポケットから何かを取り出す。




「おねえちゃんのために作ってきたんだ。」



彼女が取り出したのは、曇詰草(くもつめくさ)で作った栞だった。
私は、それを受け取る。
少し不格好だが上手にできていた。



「じゃあね。」



そういうと、ディーダは
照れ隠しのためか逃げるように去っていった。



しばらく屋敷の近くで待っていると、レイド様が帰ってきた。
私はもらった栞を隠すように懐にしまった。


「レイド様、おかえりなさいませ。
 「おにさがし」の結果は、どうなりましたか?」



私が質問を投げかけると、
レイド様は、大きく息をついて口を開く。



「犯人はジャックとジェニスということで決まった。
 処刑は、今夜、俺が執り行うこととする。」




その言葉を聞いた瞬間、私の脳は直接殴られたかのように揺れる。
レイド様は、それから順々に経緯を説明する。
動機や決定的な証拠など、少し納得のできない箇所もあるが、
状況的に可能なのは彼らだけだったということだった。


説明が終わると、レイド様は屋敷の中へと戻っていった。
私は、あのディーダの両親が盗みを働くわけがないと考えた。
事件の当日も、ディーダのために花火と呼ばれるものをあげていた。
あれほど、村人達の幸せを願う夫婦がこんな事件など起こすはずもない。



そんなことは、とても口に出しては言えなかった。




私は「おにさがし」の決まりには忠実に従ってきた。
そして、それを遵守し、気持ちが揺れることはなかった。
しかし、私をおねえちゃんと呼ぶ、暖かい手の感覚がまだ手に残っているのだ。
明らかに、ディーダ は私の信念を揺さぶる存在となっていた。



私は村の外の孤児院で、ロージュ様に引き取られ育てられた。
彼には返し尽くせないほどの恩義は感じている。
しかし、彼とは主人と従者の関係であり、家族のようなものではない。
だから、私は家族を知らない。




だが、ディーダは。
彼女は私とは違う人間だ。



ディーダ は、言っていた。
ドジだけど優しいお母さんが大好きだと。
素っ気ないけど家族を大切にするお父さんが大好きだと。
そして、自分はこの家族に生まれて幸せだったと。



家族を思う、ディーダの笑顔が脳裏に浮かぶ。




私は、あることを決意した。
それは、私が教えられてきた正義を否定する行為だった。



ディーダの両親であるジャックとジェニスの2人を処刑したと偽装し、
ハレル村から逃亡させるのだ。



私は、寝室へと向かおうとするレイド様に、後ろから声をかける。



「レイド様、私があの2人を処刑します。
 あなたの手を煩わせる訳にもいかないので。」



私は、気づかれないように
すると、レイド様は振り返ることなくいう。



「ならば、お前に任せよう。
 俺は先に眠りにつくこととする。
 村人たちが目覚める前には処刑を終えてくれ。」



そういうと、彼はそのままその場をさった。



私が外に出ると、そこにはジャックとジェニスの姿があった。
私は、ジャックとジェニスに今までの経緯を説明した。
2人は私の提案に最初は動揺するも、少し考えてから首を縦に振った。



ジェニスが私に何か話しかけようとするが、
間が悪く、アッシュがやってきた。
おそらく、どこからか「おにさがし」の結果を聞いたのだろう。



「エリザ….きっと何かの誤解だ。
 こいつらは、そんなことをする人間じゃない。」



アッシュは、私に向かって懇願するようにいう。
もちろんのことではあるが、真実を話すことはできない。




「「おにさがし」の結果は絶対だ。覆ることはない。」




私は、心を押し殺して言う。
すると、アッシュはこちらを睨みつける。



「なら、俺は、力づくでもお前を止めてやる。
 こいつらは、絶対に殺させない。」



アッシュは私の方を向き、拳を強く握りしめている。
しかし、ジャックはアッシュの後ろに立つと、すぐさま後頭部を素早く殴った。



「どうしてだ…ジャック…」



アッシュは、ジャックに向かってそう呟く。



「仕方がないことだ、アッシュ。お前は生きてくれ。
 なあ、ディーダ のことを、よろしく頼むよ。
 あと、ホープのやつも、面倒を見てやってくれ。」



その声は、どこか諦めのようなものをはらんでいた。
彼はそう言うと、アッシュに近づき、耳元で何かを話していた。
しかし、その声は、一切私には聞こえなかった。


私はアッシュが倒れたのを見ると、
ジャックとジェニスをヒグレ山の山頂付近まで送る。
私たちは会話もなく、目的地までたどり着いた。



「ねえ、エリザ。最後に1つ….」



ジェニスは何かを言いかけたが、私は止めてしまった。
朝日が登ってくるのが目に入ったのだ。
村人たちが起きてくれば、全ては台無しになる。



「何も問題はない。」



私は二人に背を向け、足早に屋敷へと戻ることにした。



ヒグレ山を降り、「山道」の入り口に差しかかった頃だろうか。
私の背筋は凍りつくこととなる。
レイド様が、屋敷の入り口で待っている姿を目にしたのだ。



彼は、いつもと同じ冷たい目でこちらを見る。



「エリザ、全て見ていたぞ。
 お前ともあろうものが、「おにさがし」の決まりを破るとはな。」



私は、蛇に睨まれたように固まる。
しかし、レイド様は追い討ちをかけるように言う。



「すべて、村人達に報告するとしよう。
 お前が「おにさがし」の決まりを破り、犯人を逃したと。
 ジャックとジェニスにも追っ手を向かわせることにする。」



レイド様はそう言うと、広場の方へと向かおうとする。



それだけは、絶対に避けなければならない。
怒りの矛先はどこに向かうだろうか。
私であればいいが、ディーダにも危険が迫るかもしれない。



私は、震える声でレイド様を引き止める。



「レイド様、お願いです。何でもいたします。
 ですから、どうか、私が2人を殺したことにしてください。」



すると、レイド様は私を見下すような笑みを浮かべる。
そして、顎に手をつけて考えるそぶりを見せた。



「いいだろう。
 ただし、これからは父さんの命令ではなく、俺に従ってもらう。」



そう言うと、レイド様は裏口のドアを勢いよく閉め、屋敷に戻った。
彼の提案は、私の今後の自由が奪われることを意味する。
しかし、私の心に残るのは、最悪の未来を避けることができた安堵であった。



翌日、ディーダ がいつもの場所を訪れる。



「おねえちゃん。
 お父さんと、お母さんが帰ってこなかったの」



一日中泣いたのだろう。
目は涙で赤く晴れているように見えた。



「お前の両親は、もう帰ってこない。
 私が、二人を殺したんだ。」



私は、声を押し殺した。感情を悟られてはならない。
二人が生きていることがバレては、
今度はディーダ の命が危険に晒されるかもしれない。



「殺したってどういうこと?」



ディーダ は、不安げな表情になった。
言葉自体を理解してはいないが、
良くないことを意味しているのは分かるのだろう。



「ジャックとジェニスは….
 お前の父親と母親は、帰ってこないんだ。永遠に。
 もうこの世にはいない、死んだんだ。」



私は、そういうと唇をぎゅっと噛み締めた。
できるだけ機械のように、無機質な声を演じた。




ディーダ はしばらく飲み込めない様子だったが、
ゆっくりと状況を理解してきたのか、表情が暗くなり、そして涙が頬を伝う。



「どうして….おねえちゃん….」



ディーダ は、思わず泣き崩れた。




しかし、反応することはできない。
だからこそ、突き放すことしかできない。



「いいか、私に必要なのは、私の正義だけ。他には何も不要だ。
 あいつらは「おにさがし」の決まりを侵した。
 だからこそ、処刑される運命だったんだ。」



私は、ただただ単調に言葉を紡ぐ。
心を、鋭い針で、なんども突き刺されているような気がした。



私は懐から先ほどディーダからもらった栞を取り出し、地面へと落とす。
こんなことはしたくはない。しかし、そうすべきなのだ。
私はそれをディーダに見せつけるようにして、足で踏み潰した。



ディーダは、それを見てゆっくりと口を開いた。



「おねえちゃんは、もう、おねえちゃんじゃない。」



ディーダの目は、穏やかな純真な眼差しではなく、
私を恨む憎悪の目だった。



「私は、あなたを、許さないから。」



そう言い残すと、彼女は私に背を向けて階段を降りていった。
私は彼女がいなくなるのを見て、栞を拾い上げて泥を拭って懐にしまった。



私のことをおねえちゃんと呼んでくれたディーダ は、そこにはもういない。
私は、温もりなどいらなかったのかもしれない。
そうすれば、何も失わずに済んだから。


もう誰からも手を差し述べてもらえることはないだろう。
あの、温かい手に触れることはもうないだろう。



私は、誰もいないこの「秘密の場所」で木漏れ日に当たった。
あれからずっと、私は、自分の正義を問い続けている。

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