シナリオテーマ「あのドアの向こうに。」


いつもの朝だ。
お母さんの作る朝ごはんで目を覚ました私は、調理場を覗き込んだ。
目玉焼きにベーコンを入れて欲しいって頼んでみるけど、
お母さんは、またうっかり買い忘れていた。



私は、「お母さんは、いつもそうなんだから。」って軽く馬鹿にした。
そうしたら、お母さんは、
自分のドジっぷりがツボに入ったのか、ずっと笑ってる。



ホープも私たちが騒いでいるからか、尻尾を振りながら近づいてくる。
彼は、お父さんが一年前に連れてきた子犬だ。
もうすっかり、私たちの家族の一員。
ホープという名前は、「希望」っていう意味みたい。
なんだか、大層な名前だよね。



でも、当のホープは名付け親の気持ちなんて知らずに、
いつも楽しそうに遊んでいる。
少し抜けていてドジな子だけど、私が辛い時はいつも寄り添ってくれるんだ。




お父さんは、寝起きが悪いから、私がいつも起こしに行く。
いつもはお喋りなお父さんだけど、朝は低血圧のせいで、機嫌が悪い。
私が「早く起きて」というと、お父さんは「わかってる」って無愛想に応じる。




そして、椅子に座ってお母さんと2人でご飯を食べていると、
遅れてきたお父さんが加わる。
まだ眠いのか、手で目をこすっている。




ただ黙々と食べるお父さんだけど、
「今日も美味しかった」って必ずお母さんに言うんだ。
それを聞いてお母さんは、照れ臭そうに「ありがとう」って笑う。




私は、そんなお父さんとお母さんが大好きだ。
もちろん、ホープのことも。



「そういえばね、エリザにね。
 私のおねえちゃんになってって言ったの!」



それを聞いて、お父さんとお母さんはにっこりと微笑む。
私は、大好きなお母さんとお父さんが、
大好きなエリザのことを好きでいてくれるのが本当に嬉しかった。



だから、エリザの話を続けようとした。



「ねえ、今度4人でさ。ピクニックに行こうよ。
 おねえちゃんとの秘密の場所があるんだー!」



だけど、私がそう言って2人に笑いかけた時、
突然、お父さんとお母さんの顔に表情がなくなった。
まるで、先程までの笑顔が、嘘のように。



「お父さん、お母さん、どうしたの….?」



私は消え入るような声で、2人に向かって話しかける。
しかし、返事をしようとはしない。



2人の方を見ると、
お父さんとお母さんは、入り口のドアに向かっている。



「行かないで!」と私が叫ぶと、
お父さんは「元気で待っているんだぞ。」と答えて、ドアを開けた。
お母さんもこちらを振り向いて、「ずっと、いい子でいるのよ。」と微笑んだ。
外は、眩しいくらいの光が差し込んでいた。



2人は段々と光の中に消えていった。



「待って、私も連れて行って。」



そう叫ぶけれども、今度は私の周りが闇に包まれていく。
走って、ドアに駆け寄って、扉を開こうとする。



そこで、私は飛び起きた。
周囲を見渡し気持ちを落ち着けると、
また、いつもと同じ夢を見ていたのだと気づく。



「もう10年経つのに….またこの夢だ….」



誰もいない部屋で、私は、1人呟く。
お父さんとお母さんがまだ生きていた頃の夢。
そして、私がエリザのことをまだ「おねえちゃん」と呼んでいた頃の夢だった。



忘れもしない、10年前のこと。
私のお父さんとお母さんはエリザに殺された。



あの時のことは、まだ覚えている。
10年前、この村の独立の象徴であった「自由の宝玉」が誰かに盗まれた。



だから、村長のロージュさんの息子であるレイドさんは、
犯人を探すために「おにさがし」を始めた。



「おにさがし」は、村人同士で議論することにより、
事件の犯人を決定する決まりごとだ。
ここで決定されたことは、どのような事情であれ真実とみなされる。
そして、1度決まったことを変えることはできない。



私のお父さんとお母さんは、
「自由の宝玉」を管理するために祠を訪れていた。
だから、2人とも容疑者に選ばれたんだ。



お父さんとお母さんは、いつものように朝ごはんを食べて、
いつものように出かけていった。最後の言葉は覚えている。
お父さんは「元気で待っているんだぞ。」って言って、ドアを開けた。
お母さんも、「ずっと、いい子でいるのよ。」って笑ったんだ。



でも、夕方になっても2人は帰ってこなかった。
私は、ホープと一緒に待っていたんだ。
私は心配だったから、エリザに会いに行った。



広場から「正面階段」を上ると、そこはエリザや村長のロージュさん、
そしてレイドさんが暮らしている家々が並んでいる。



木々に囲まれたその場所は、お日様の光がほとんど差し込まない。
でも、エリザの家の後ろ手にあるこの場所は、木漏れ日が差し込んでいた。
私はこの場所を、「秘密の場所」とよんでいた。
エリザはこの場所で、よく本を読んでいた。




だから、この時も、エリザに会いにいったんだ。
私は、エリザのことを「おねえちゃん」と呼んでいた。



「ねえ、おねえちゃん。
 私のお父さんとお母さんが、お出かけしたまま帰ってこないの。」




私は、不安と悲しみを隠せずにそういった。



「大丈夫だ、ディーダ 。 
 きっと、夜になれば帰ってくるはずだ。」



エリザは、私にそう答えた。
その一言だけで、私の心は晴れ渡るようだった。



「そうかあ、そうだよね。」



私はホッとして、エリザに微笑んだ。
帰ろうとした時、私は彼女へのプレゼントを思い出した。
私は、ポケットから雲詰草を押して作った栞を取り出す。



「おねえちゃんのために作ってきたんだ。」



私がドキドキしながら栞を渡すと、エリザは興味深そうに受け取った。
少し不恰好な出来だったから、
今になって、とても恥ずかしくなってしまった。



「じゃあね。」



私は、照れ隠しのために、逃げるようにその場を去った。



でも、悲劇はそこから起こったんだ。
夜になっても、お父さんとお母さんは帰ってこなかった。



昨日、お父さんは、私に絵本で見せてくれたこともある
花火を打ち上げていたらしい。私も見たかったなあ。
みんなで、同じ時間に同じ空を眺めるんだって。
きっと、綺麗なんだろうな。



私は、2人が帰ってこなくて不安だったけど、
目をつぶっていたらいつの間にか私は眠ってしまった。
そして、気付いた時には、ホープはいなかった。
そして、次の日の朝、私の家のドアが大きな音を立てて開いた。



「お父さん!お母さん!」



私は、2人が帰ってきたと思い、まだ寝ぼけたまま玄関へと向かった。
しかし、そこにいたのはお父さんでもお母さんでもなく、アッシュさんだった。
ここまで走ってきたのか、額には汗が滴っているように見えた。



ホープもアッシュさんの後をついてきていた。
しかし、顔はしょんぼりとしていて、尻尾は下がっていた。



「どうしたの、そんなに急いで。」



私が尋ねると、アッシュさんはこちらを見る。
その顔は、どこか悲しげだ。
私は、話を続ける。



「ねえ、お父さんとお母さんのこと、知らない?」



私がそう尋ねると、アッシュさんの表情はさらに暗くなる。
そして、その口をゆっくりと開いた。



「ディーダ….すまない….
 俺が….俺が止められていれば….」




その1語1語が、私の心に重たく響く。




そこから、アッシュさんは、
お父さんとお母さんに起きたことを、1つ1つ話しはじめた。



お父さんとお母さんが「おにさがし 」の犯人として選ばれたこと。
アッシュさんは話し合いに行こうとしたが、その決定は覆らなかったこと。
「それから…」と続けようとするが、アッシュさんは言葉を詰まらせた。 



私は、何か嫌な予感がして、
「エリザに会いにいってくる…」と言って、その場から逃げるように去った。



「待て、ディーダ !お前の両親はエリザに…」



アッシュさんは私を止めようとしたけど、私は振り返らなかった。
なぜだか、涙が溢れてきた。
嫌な予感を振り払おうとしたけど、お父さんとお母さんの顔が頭に浮かぶ。



私は広場の階段を駆け上がり、「秘密の場所」に向かった。
そこに、エリザはいつも通り待っていた。
私は、エリザの顔を見るとホッとした。
けれども、私が微笑んでも、微笑み返してはくれなかった。



「おねえちゃん。
 お父さんと、お母さんが帰ってこなかったの。」



私は、エリザにそういった。
エリザは、きっと私のお父さんとお母さんがどこにいるか知っているはずだ。
私のことを助けてくれるはず、本当にそう思ってた。
でも、エリザの答えは、とても残酷な真実だった。



「お前の両親は、もう帰ってこない。
 私が、2人を殺したんだ。」



「殺したってどういうこと?」



私には、「殺した」の意味がわからなかった。
でも、おそらく良くないことを意味しているのは分かった。
エリザは、私の質問に一瞬口をつぐんだが、そのまま言葉を返す。



「ジャックとジェニスは… 
 お前の父親と母親は、帰ってこないんだ。永遠に。
 もうこの世にはいない、死んだんだ。」



エリザの声は、真剣だった。
冗談を言っている風には、思えなかったんだ。
その顔は、私の知っているいつもの優しかった「おねえちゃん」ではなかった。



お父さんとお母さんが死んでしまった。
もう二度と会うことはできない。
その事実が、ゆっくりと、しかし重たくのしかかる。



「どうして….おねえちゃん….」



私は、思わず泣き崩れる。



なんで、大好きだったエリザが、
大好きだったお父さんとお母さんの命を奪ったのか、私には理解できなかった。
もうお父さんもお母さんも、私の元に帰ってこない。
その事実だけを、少しずつ実感していく。



喉の奥がなぜだか無性に乾いて、苦しく感じた。



「いいか、私に必要なのは、私の正義だけ。他には何も不要だ。
 あいつらは「おにさがし」の決まりを侵した。
 だからこそ、処刑される運命だったんだ。」




エリザは、機械のようにそう言った。
そして、彼女は私があげた曇詰草の栞を懐から取り出す。
それを地面へと落とすと、まるでこちらに見せつけるように足で踏みつけた。



ああ、私の好きだったエリザはもういないんだ。
いや、初めから、そんな人はいなかったのかもしれない。



「おねえちゃんは….
もう、おねえちゃんじゃない….」



私は、視界がぼやけていくのを感じた。
そして、今まで信じていたものが少しずつ壊れていくのを感じた。




「私は、あなたを、許さないから。」




そういって、私はエリザに背を向けた。
大切なものが、次々と無くなっていく。
心が、からっぽになっていく気がした。




それから、10年間。
私はアッシュさんに助けられながら、一人で暮らすことになった。
お母さんの残したお店を継いで、パン屋として生計を立てている。



ホープは、アッシュさんに預けることにした。
お父さんが亡くなる直前に、アッシュさんにそう頼んだらしい。
私一人で育てるには荷が重いと考えたんだろう。お父さんらしいや。




今でも、ホープの成長を見るために、何度もアッシュさんの家を訪れた。
ホープは、アッシュさんにとても懐き、楽しそうに暮らしている。



誰もいない食卓で朝ごはんを食べていると、
私には、何もなくなってしまったんだ。と気づく。



お父さんもお母さんも、大好きだったエリザに奪われてしまった。
2人には、永遠に会うことはできない。
今でも、あの時の夢を見るんだ。




お父さんもお母さんも、家で待っているように言ってた。
でも、今では、あのドアの向こうに一緒に行ければよかったのかな。
とさえ思うんだ。



私は、ずっと待ち続けている。
誰も帰ってこない、この家で、たった1人で。



カテゴリー: onisagashi

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