シナリオテーマ「科学者として。人として。」


10年経った今でも、あの笑顔が忘れられない。
科学者として、人として、私は何をすべきだったのだろうか?




あの時の記憶は、まだ鮮明に残っている。
10年前の朝、いつもと同じように私たちは朝食を囲んでいた。



「さっき、裏山で金塊を見つけたんだ。
 チャルド、これで私たちは大金持ちだよ。」



妻のベルが、突拍子も無いことを華やかな声で言う。
私は、すぐにいつもの冗談だと察した。



ベルは、私にウキウキとした表情で続けて言う。
その笑顔には、いつも助けられている。



「この両手を広げたくらいの大きさだった。
 すごく、大きかったんだ。私の腰ぐらいまであったよ。
 この家の裏口まで、台車で持ってきたんだ。」



ベルは、両手を大きく広げて見せ、
そのまま、自らの腰の高さまで手をもっていった。
私は、ベルの方を見つめ、微笑みながら口を開く。



「ベル、またいつもの冗談だろう。
 朝食を作るから、後にしてくれ。」



私は、ベルから厨房へと視線を戻した。
ベルが不機嫌そうになるのは、目を向けなくとも分かる。



「嘘じゃないよ。どうして嘘だって決めつけるの。
 科学者っていうのは、みんな人を信じないの?」



その声は、ムキになっているようにも聞こえた。
私は、小さなため息をついてベルの方へと振り返る。



「そうだな….金の質量から推定すると、
 両手の幅で、腰ほどの高さであれば50トンは優に超えるだろう。
 重さだけで言えば、この家よりも重いはずだ。
ベル、君はこの家を台車で運べるのかい?」



私が指摘すると、ベルはバツの悪そうな顔をした。



「また、あなたはそうやって私の嘘を暴こうとするんだから。
乗っかってくれるのが、優しさってもんじゃないのかな。」



ベルは、私を責めるような口調で言う。
私の反応を楽しんでいるのだろう。



「わかっているだろう、ベル。
 私は、不器用なんだ。」



私がそう言うと、ベルは再び笑う。



「いつか、あなたを驚かせるような嘘をついてやるんだから。」



そう言葉にすると、ベルは、嬉しそうに席に着く。
いつも変わらず、楽しそうな笑顔である。



この人のために、村に残って本当に良かったと思う。



私は、ハレル村の出身ではない。
この村から遠く離れた都市であるリーヴァからやってきた科学者である。



今から、20年ほどのことだ。
この地域の風土病である「ヒデリ病」を研究するために訪れた。
当初は、1ヶ月の短期滞在の予定であった。



私自身は、ハレル村とはあまり関係はなかったが、
私の祖母が、この村と大きく関わっていると聞いた。



「ヒデリ病」は、100年ほど前に猛威を振るっていた奇病である。
まだ原因不明のこの病の再来を恐れている声も多く、
私自身も興味があったために研究を行うこととなった。



しかし、この病気は今でも原因が明らかになってはいない。



「ヒデリ病」の患者は、熱や頭痛に苦しみ、
体が焼けるような痛みがするという症状があるとされる。



ある文献によれば、この村に咲いている薬草が、
特効薬を作り出すとされていた。




しかしながら、その薬草は既に絶滅してしまったのかもしれない。
結局のところ、私は現在でも見つけられてはいないのだから。



ハレル村の村長であるロージュは、一度は私の入村を拒否したものの、
最新の医学に関する情報を村に提供することを提案すると、
村に入るための許可を私に与えた。



村に慣れない私の案内役をしたのが、今の妻となったベルである。
彼女は、普段は司書をしているが案内を引き受けてくれたようだ。
少し乱雑な言葉遣いをするものの、
裏表のない女性だというのが第一印象だった。



この村にきて3週間ほど経った時、
私はこの村の疑心暗鬼な雰囲気に辟易(へきえき)してしまった。



村人たちは互いに会話をするものの、
誰もが胸中の思いを表に出せない雰囲気が蔓延(はびこ)っているからである。



「なあ、ベル。
 この村の住民は、誰もが互いを信じていないように思える。
 私がこの村で信じられるのは、君以外にいないよ。」



私がそういうと、ベルは笑った。



「そういうあなたも、私しか信じていないんじゃないかな。」



「それは、確かにそうだが….」



私は、言葉に詰まってしまう。
確かに、相手のことばかりに焦点をあてていたが、
自分も同様にその1人だったのかもしれない。



私が神妙な顔つきをしていると、
ベルは周りに誰もいないことを確認して、私に近づく。
そして、誰も聞こえないように、私の耳元で小さな声で囁いた。



どうやら、あまり聞かれたくないことのようだ。




「この村は、「おにさがし」っていう呪いに縛られているの。
 ある事件をきっかけに、この村は変わっちゃった。
 だから、お互いに縛られてしまっているんだ。」



ベルは、私に対してその事件について話す。



現村長のロージュの妻であるイメルダは、前村長に毒を盛られて命を落とした。
前村長は、自らにかけられた容疑を否定していたがそのまま自ら命を絶った。
自分達の中に人を殺める人間がいたと知り、
村人達は互いの胸の内を探り合うようになってしまったとのことだ。




それから、この村は仄暗い雰囲気に包まれたという。



ベルは話し終えると少し暗い顔をしたが、
その後ニコッと笑うと、そのまま続ける。



「それでも、私は、この村の人たちを信じてる。
 きっと、本音を話してみたら、みんな同じ方向を向いてるって思うんだ。」



ベルの目は、輝いていた。
本当に、純粋な心を持っている人だと感じた。



「それでは、私も、本音で話してみてもいいか?」



私は、ベルの方向を向いた。
誰にも聞かれないよう話していたために、顔の距離が近い。



「本音を話すのはいいことだよ、チャルド。
 面白い話だともっといいことだけどね。さあ、何の話かな。」




ベルは、好奇心旺盛な目でこちらを見つめる。
何か面白いことが聞けると期待しているのだろうか。
しかし、私は、ただ思っていることを述べることしかできなかった。



「ベル。私は、君のことを愛している。
 君のためなら、この村で暮らすことも厭わない。
 私は、君と結婚したいんだ。」



ベルは、固まった。
いつも笑顔でいるせいか、固まった表情は笑顔のままだった。
その後、赤面して辺りを歩き回る。



「びっくりした….
いきなり、結婚だなんて….
 それに、まだお付き合いもしてないのに….」



ベルは早口でまくしたてるように言った。
声からは動揺が伝わってくる。




「すまない….私は不器用なんだ。
 上手い口説き文句すら分からない。
 それでも、私は、君を愛しているんだ。」




私は、ベルの顔をじっと見つめる。
その顔は、さらに赤らんでいるように見えた。
しかし、ベルは決意したように、こちらを見る。



「あなたといると、退屈しなさそうだね。」



そして、ベルは、少し間をあけて言った。



「よし、決めた。チャルド。
 あなたと、結婚するよ!」



その快い返事に、私の心は、華やいだ。
そして、この村で2人の生活が始まることとなった
ベルはくだらない冗談を言うのが好きで、私はその冗談を聞くのが好きだった。



「ねえ、チャルド。
 私たちに子供が生まれたら、どんな子供に育てたい?」




ベルは、目玉焼きをフォークで小さく切り分けながら、こちらに話しかける。



「うーん、そうだな。
 君に似て、人のことを思いやれる子かな。」




私は、そうベルにつぶやく。
すると、ベルの顔はにやける。




「私は、チャルドに似て欲しいと思うけどね。
 大切な誰かのために、危険を冒してでも行動を起こせる子。」




私は、そんな人間だっただろうか。
ベルの口から出た意外な言葉に、私は少し顔をしかめた。



「君が思うほど、私は立派な人間じゃないよ。」



私がそう言うと、ベルは私に微笑みながら言葉を返す。
ベルはずっと子供を欲しがっていた。幸せな家庭を夢見ていたんだ。




私も子供を作ることには反対はしなかったが、
ベルと2人で暮らす生活だけでも十分に満足していた。
もしできることなら、2人でずっとこの時間を過ごしたいと思った。



いや、子供が生まれたとすれば、3人での暮らしになるだろうか。
しかし、ノックの音ともに、その夢は打ち砕かれる事になる。



突然、家のドアが叩かれる音がした。
こんな朝早くから誰かと思い、扉を開ける。



そこには、村長の息子のレイドの姿があった。




「君の妻ベルは、外部の者と秘密裏に接触したと報告を受けた。
 密通の容疑で、「おにさがし」を開始する。」

レイドは、淡々と事実を告げる。
「おにさがし」は、村人同士で議論し、犯人を決定する決まりごとである。
外部の者との接触は、この村からの追放に当たる罪である。



ベルがそんなことをするはずがないと思っていたが、彼女は罪を認めていた。
彼女は「おにさがし」の成り立ちについて疑問に思うことがあり、
近隣の街から資料を取り寄せていたとのことだった。



何度も「ごめんなさい」とベルは私に謝罪をし、
私はただベルを抱きしめて許した。



「おにさがし」の結果、ベルは追放されることとなった。
決まりに背いたのだから、追放されるのは決まりごととしては正しい。
しかし、その正しさが、私にとってはただ苦しかった。



私は「おにさがし」の後、追放されるベルと話をした。
ベルは子供を欲しがっており、何度も協力しようとした。
しかし、それが今まで叶うことはなかった。




だからこそ、外の世界で新しい夫を探してほしかった。
そして、私は別れの言葉を言った。



「ベル、別れよう。街に出たら、別の男と結婚するんだ。
 それが、きっと君の幸せになるはずだ。」



おそらく、今度会うときには、
彼女は子供が作れない年齢になっているかもしれない。
私はそう思ったのだ。



「それも、いいかもしれないね。
 あなたよりも男前がいたら、その人と結婚するよ。」



ベルは、少し間を置いて言う。



「チャルド、あなたといれて退屈しなかったよ。
 今まで、本当にありがとう。」



いつものような笑顔だが、どこか寂しげに感じた。
私は、「こちらこそ、ありがとう。」と返す。
もうこの笑顔を見られないという事実が胸に重くのしかかる。



彼女は振り返り、私から離れていく。
それから、彼女は同僚のバーニーとしばらく何かを話していた。
話が終わると、彼女は門から去って行ってしまった。



私の幸せな暮らしは、終わってしまった。
彼女とは10年経った今でも、連絡を取ることもできない。



また、ベルが追放されてから半年後、この村では再び大きな騒動が起きた。
満月の夜、この村の独立の象徴ともなった「自由の宝玉」が盗まれたのだ。
これは、死罪に当たる重罪である。



犯人として選ばれたのは、ジャックとジェニスの二人だ。
2人はこの村では仲の良い夫婦で、ディーダという一人娘がいたはずだ。



それこそ、決して事件を起こすような人間とは思えなかった。
事件当日は、花火が打ち上げられていた。
本では読んだことがあったが、実際に見たのは初めてだった。



村長の側近であるエリザは二人の処刑を執り行った。
あまり話したことはないが、冷徹で正義感の強い女性だった。
まだ20歳もいっていないが、自ら進んでこの役を引き受けたという。



ベルは、この村の人間は、
本音で話してみれば、皆、同じ方向を向いているといっていた。
そんなことは、幻想だ。まるで、冗談みたいな話だ。



私は、ベルの冗談をもっと信じてあげられればよかったのだろうか。
そうすれば、もっと幸せにさせてあげられたのだろうか。
ずっと、科学者であることを言い訳にしてきたのではないだろうか。



あれだけ嘘をつくことを避けてきたのに、
まるで、自分の心に嘘をついているようだった。



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