「それでさー、デッドリフトの重量が…って…
ねえ、絵理香。大丈夫?飲みすぎちゃった?」
「4号君」が、私の方を見て心配そうに言った。
「ううん、大丈夫、心配しないで。」
飲みすぎてなんてない。ただ、退屈なだけ。
なんて、口が裂けても言えない。
お気に入りの「1号君」に残業が入ってしまったため、
仕方なく、時間つぶしに予定を入れてみた。
しかし、まあ失敗だったかもしれない。
「4号君」は、彫りも深くイケメンの部類だ。
身長も180センチと高く、引き締まった細マッチョ。
外見的にいえば、かなりの好物件だ。
しかし、この男が「4号」の枠からでれないのは、
絶望的なまでの話のつまらなさだ。
口を開けば出るのは、筋トレとフットサルの話題。
最初はアウトドア派の好青年と思っていたが、
ジム帰りにシャワーも浴びず、
汗臭いままデートに来た時は、流石に引いた。
私は、酔ったふりをしながら、
バレないように、スマホで無料で読める恋愛漫画をスワイプしていた。
最近、どの男の人といても、どこか居心地が悪い。
もちろん、楽しくないわけではない。
ただ、自分が自分ではいられないようなそんな感覚をいつも感じる。
「よかった。
そしたら、俺は少しトイレ行ってくるわ。」
「4号君」は、そういうと席を立つ。
私が退屈なことにも気づけない。
だからあなたは「4号君」なのよ。
もちろん、恋人関係にはなりたくはない。
暇や寂しさを紛らわすための存在だ。
私はこれ以上進んだ関係になることは望んでいない。
「別れるってどういうこと!」
後ろの席から、女性の大きな声がする。
私は、思わずその声のする方を振り向いた。
他人の別れ話ほど気になるものはない。
すると、そこには小柄でかわいい女性が席を立っていた。
私とは似ても似つかない、いわゆる清楚な感じの子だ。
顔は怒ってはいるものの、モテそうだなあ。と直感的にそう思う。
そんな子の彼氏さんは、どんな素敵な方なんだろうと思わず見たくなるが、
こちらに背を向けて座っているため、姿を確認することはできない。
「美波ちゃん。君のことはもう知り尽くしちゃったんだ。
何を考えているのかも、何が嫌いで何が好きなのかも。」
「私が拓海くんのこと、
どれだけ思ってるのかなんて知らないでしょ?
人の考えていることなんて、分かるはずないじゃない。」
女性の名前は美波、そして彼氏さんの名前は拓海だ。
頭の中で、恋愛漫画のような相関図が浮かび上がってくる。
「君ってさ、僕のこと外面だけでしか見てないでしょ。
お金があって、自分のいうことを聞いてくれる男の人。」
「そんなことないよ!
拓海くんの中身が好きなんだよ!」
彼女がそういうと、彼は彼女が机に置いた財布を指差す。
「それ、確か僕が誕生日プレゼントにあげた、財布だよね。」
「うん、拓海君がくれたから、いつも大事に持ち歩いているんだよ。」
彼女は、財布を大事そうに手に取る。
確か、ブランド物の高い財布だ。
「ねえ、美波ちゃん。
その財布の中に、今日のデート代って入ってた?」
「それは…ないけど…」
「やっぱり、元から払うつもりはなかったんだね。」
彼女の言葉はしどろもどろになった。
「じゃあね、美波ちゃん。
ここのお会計は僕がしとくから、もう帰ってよ。
僕たちは、ここでおしまいにしよう。」
彼がそう言うと、彼女は泣きながら出口へと歩いて行った。
生々しい別れ話に立ち会ってしまうなんて、びっくりした。
恋愛漫画よりも波乱の展開に、私は驚きを隠せないでいた。
「お待たせ、ごめんねー。」
その声は、トイレから帰ってきた「4号君」だった。
20分も帰ってこなかったのは、
何かと格闘でもしていたのだろうか。
私は「4号君」にお会計を急かし、店を後にした。
しっかり割り勘だった時には彼の顔を凝視したが、
私の顔には、全く気付いてはいないようだった。
「もう一軒いこうよ。」
という「4号君」を「明日仕事だから」という理由で笑って振り切り、
自宅に戻ると泥のように眠った。
〜第1章1節 月極恋愛契約締結に進む〜