
はじめに~テストプレイについて再考する~
こんにちは、いとはきです。テストプレイはマーダーミステリーを作る上で欠かせない要素だと思いますが、その方法論は作者によって異なるのではないでしょうか。私自身、制作の初期段階ではその時その時で異なる手法をとっており、これと言って決まったやり方を確立してはいませんでした。ただ経験上分かったのは、テストプレイのやり方によって、シナリオ上の問題の発見と解決に大きな差が出るということです。
今回は、私が行っているテストプレイの事前準備からその後の修正方法までを示していこうと思います。取り入れられそうなところは取り入れていただき、取り入れにくいと思った場合には自分のやり方を優先いただけますと幸いです。
注意書き:
この文章は一般的なマーダーミステリーの在り方を示したものではなく、筆者であるいとはきが、現在の自分自身の考え方を整理した記事となります。この記事を元に、SNS上で議論をすることを目的としたものではございません。あくまで読み物として楽しんだり、参考にできる要素があればその人の中で参考にしていただければと思います。またこれは2025年6月末現在の私の考えとなりますので、これまでの私の作品に反映されていないものもあるかもしれません。あくまで、今現在の私の考えを共有するものとお考え下さい。
テストプレイ前にすべき準備
①自分のシナリオの分析
まず最初にすべき準備は、自分のシナリオを冷静に分析しておくことです。シナリオを楽しんでもらいたいお客さんのイメージはどのようなもので、どのようなシーンで盛り上がるのか。シナリオにおいて絶対に変えたくないと考えられる部分はどこで、逆に変えても構えないと思える部分はどこにあたるのか。自分の制作しようとしているシナリオの輪郭がぼやけていると、ある問題が生じます。それはテストプレイ終了後に、変えるべき要素と変えるべきではない要素の振り分けが困難になることです。自分のシナリオの性質を改めてとらえ直すことで、テストプレイ中で観察すべき事象の把握とテストプレイ後の修正を適切に行うことができるようになると考えられます。
もし可能であれば、明確に見るべき点を把握しておくことが重要となります。たとえば、センシティブな要素を含むハンドアウトを用意したが、そこに対するプレイヤーの許容度はどのようなものだったか。議論前半では推理に関して犯人を限定する証拠を少なくして推理の難易度をコントロールしたはずだが、本当にそのように機能しているのか。プレイヤーキャラの間での秘匿目標を盛り上げるために密談を用意したが、そこでの会話は想定される範囲内の物であったか。一例をあげましたが、自身が観察したい要素はシナリオによって異なるかと思われます。あらかじめ、自分が観察したい要素を抜き出しておくことで、要素を見逃さないようになるかと思われます。
②テストプレイの目的設定
次に、テストプレイをする際に必要なのは目的の設定だと考えています。「このテストプレイが果たしてどのような目的で行われるのか」という質問に対して自分が明瞭に答えられなければ、テストプレイの効果は半減してしまいます。
・誤字・脱字・文章上の語彙の誤り等のチェックをしてもらいたい。
・自分が面白いと思った部分に対して、テストプレイヤーがどう反応するかを観察したい。
・議論や推理を観察して、制限時間・推理難易度・情報配置・ミッション等のバランスを調整したい。
・事前募集事項に対してミスマッチが行っていなかったか確認したい。
・自分の考えたハンドアウトに対して、テストプレイヤーがどうロールプレイするのかを見たい。
・テストプレイヤーに楽しんでもらって、制作のモチベーションを上げたい。
上記は目的の一例ですが、テストプレイの目的は多々あります。そのうち、前もって自分がテストプレイを行う目的が明確でなければ、ただ単に完成前に行われる「儀式」のようなもので終わってしまいます。もちろん「とりあえずテストプレイを行うことで、自分の心を落ち着かせる」という目的であればそれでもいいのかもしれませんが、基本的にはテストプレイは作品をより良くするために行うものであるかと思います。そのため自分が「なぜテストプレイをするのか」については、一度十分に考えた方がよいと思います。
テストプレイで気を付けること
テストプレイについて気を付けていることを共有したいと思います。以下については、共同制作を行っているアシスタントの研修時に、私の考えていることを共有したものとなります。その仕様上、少し砕けた文章になっている点をご了承ください。また、網羅的ではないかと思いますので、あくまで参考の一つとして考えていただけますと幸いです。
Aメンタル
最初の段階で「初回のテストプレイなので自信が無いです」など口にするよりも、「初回なので、不備などあるかと思いますが楽しんでもらえるよう全力を尽くします」の方がいいと思う。テストプレイヤーさん自身も「少しでも楽しめたらいいな」「成功したら嬉しいな」くらいの気持ちで思っているはず。あまり気負わず、ただし自信がないようにはみせない。
Bテストプレイで見るべき点
①プレイヤーの感情
作るのは「成立しているシナリオ」ではなく、「楽しかった・面白かった」と思ってもらえると思えるシナリオであり、プレイヤーの感情は重要。
②時間管理
・ハンドアウト読み込み時間
それぞれの時間配分が適切かどうか。ハンドアウトは読み終わった時点で報告をもらうようにする。読む人によって時間にばらつきがあるとは思うが、平均ではなく「遅い人の中央値」に合わせる。
・議論時間
もう少し話したかったと思えるくらいがちょうどいい。逆に話が止まってしまったり、明らかに余っているようなら短くする。
・休憩時間
休憩時間の長さが適切かどうか。休憩時間の延長を提案されたり、休憩時間を余らせているように見える場合には調整する。
・推理発表時間
推理時間の長さが適切かどうか。全て話しきれていないようであれば延長する。わずかに余るくらいがいいかも。
③解説のシーン
ここで声が上がるかどうかが、推理導線の面白さの評価になる。全部話し終えた後で、「難しかった」とか「理解できれば面白いね」など冷静に評価されるようであれば楽しめてないことが多い。謎解きの大謎と同じで、最後の飛躍が難しいという構造が最も良いと思われる。「なるほどなー!」「後少しだったね」等の感想が出れば理想。
④ロールプレイの解像度
想定したハンドアウトのキャラクターと、プレイヤーが演じているロールプレイの解像度に差がないか。
⑤読み合わせ
読み合わせでプレイヤーが読めない語彙を使用していないか、それぞれの会話のテンポ感が正しいかどうか。
⑥疲労・ストレスについて
疲労を感じさせているかどうか。ストレス(良いものも悪いものも含む)を感じさせているかどうか。
⑦BGMの音量・音調
BGMが議論をかき消すような音量になっていないかどうか。議論を妨げるような楽器の音色になっていないかどうかを考える。
C念頭に置くべきこと
①意見には耳を傾ける必要はあるが、選ぶのは制作者であることを忘れない。
全てのテストプレイヤーの意見を採用することはできないし、そもそもその意見が正しいのか自体も分からない。ある個人のテストプレイヤーが不満足を有しており、その不満足が起きる論理が正しいのであれば修正すべき。ただしそのテストプレイヤーが一般のテストプレイヤーと近い感性を有しているのかそうでないのかは十分に精査すべき。いわゆる特殊な思考を有しているプレイヤーである可能性もあり、その場合には修正することが逆効果を及ぼす可能性がある。意見すべてに目を通す必要はあるが、全てを改善しようとしてはならない。
②テストプレイヤーの感情は正しいことが多いが、改善案は必ずしも正しくはない。
テストプレイヤーがポジティブ・ネガティブの感情を感じる時は正しいことが多い。しかしそれに対して、改善案として提示されたアイデアは誤っていることの方が多い。プレイヤーが作り手である場合を除けば、改善案として出たアイデアが合っていることはむしろ珍しい。しかし制作者の視点から見ると、テストプレイヤーの感情が正しい場合、改善案も正しいのではないかと思いこんでしまう錯覚が生じる可能性がある。
③入念に準備をしてテストプレイに臨む。
あまり準備をしないままテストプレイをする場合、プレイヤーの動きから感じるべき修正を見逃す可能性がある。どこに潜在的な問題がありそうか、どこに不確実性が存在しているかなど、可能性を列挙していくことによりテストプレイの質が向上していくと思われる。
④経験のサインを感じ取り、記憶を信じすぎない。
テストプレイが終わってから感想戦をする場合、最初の進行等の記憶は薄れており、部分的な評価が難しい場合がある。例えば序盤の推理導線が曖昧で不快が生じるが、終盤のエンディングが壮大で結果的に後味が良くなるようなシナリオがあるとする。この場合、序盤では不快を感じていたはずが、後半で起こった快楽によって不快が上書きされてしまい、不快が記憶に残らなくなる可能性がある。このような、人間の記憶のバグのせいで改善すべき箇所を見逃してしまう可能性に注意しなければならない。回避する方法としては、定期的にレポートを提出させることがあげられる。例えば壁打ちをしてもらい、中間地点での評価や自分自身の感情を提示してもらう。これによって、感じた不快について正確に記述することが可能となる。また、制作者がプレイヤーの感情の機微を正確に読み取り、それを記述することも考えられる。プレイヤーが無言になった時間や少し口調が淡泊になるなどのシーンはプレイヤーのストレスのサインになるかもしれない。よく観察して見逃さないようにしたい。
Dテストプレイ後・改善
①感想の聞き方
最初は感想戦にして自由に話してもらい、改善点は感想戦が終わってからゆっくり話してもらうことにする。改善点を先出ししてもらうと楽しかった要素を忘れてしまう可能性がある。また作者のメンタルの上でも重要なアプローチであり、問題点を徹底的に議論するターンが続くと精神的に疲弊することもある。
②手を止めないこと
テストプレイ直後は精神的にネガティブになる可能性がある。いつか完成するので、手を動かし続けよう。修正点が現れることで強い疲労感を感じることがある。しかし、立ち止まっていても何も解決することはない。ただ一方で少しずつでも手を進めていると、いつしか完成していることもある。そのため、手を動かし続けることが大事である。
③テストプレイの意見を分ける
テストプレイで出た体験については、必ず直すもの・直したほうがいいか保留するもの・絶対に直さないものに分ける。また必ず直す項目の中から、改善に時間がかかるものとすぐに改善できるものに分ける。必ず直すものの中で、時間がかからないものから終わらせることで、進んでいることを実感できる。
④複雑な問題はステップに直す。
複雑な問題を何となく考えていると迷宮入りになるため、次のステップで行っていく。
・課題を明確化する。
・課題に対する対策を考える。
・他の構成要素とのすり合わせを考えて、可能なら導入する。
・導入した結果、課題が解決できているか確認する。
さいごに
初めにも申し上げましたが、テストプレイのやり方は人それぞれかと思いますので、参考になる要素があれば部分的に取り入れていただければ嬉しい限りです。テストプレイヤーについては、私は共に作品を良くしようと歩いていくような存在だと思っています。文章内ではあえて意見が正しいとは限らないと書きましたが、私の作品のテストプレイヤーの中には、作品の構造を大きく変えるような革新的なアイデアの着想を与えてくれた方もいました。テストプレイのやり方によって、得られるものは大きく異なります。個人的にはシナリオは最初の方針通り進むことは稀で、テストプレイをきっかけに大きくギミックや設定を変更することも少なくはありません。
何となくテストプレイを行うことで、致命的な問題や効果的な解決策を見逃すことは、何としてでも避けなければなりません。自分自身にあったテストプレイの方法論を見つけ、シナリオをよりよくするように試みましょう。